核廃絶は、どのようにして成し遂げられるのでしょう? 人類は、原爆を無くすことが本当にできるのでしょうか?
「人類は原爆を無くせない。なぜなら、原爆というものをなくしたとしても、作り方は覚えている。原理も分かっている。原爆の作り方を忘れることは不可能だ。」
こんな議論も存在します。
しかしながら、原爆は、人の選択、人類の選択により、捨て去ることが出来るのではないでしょうか?
台所には包丁があります。その包丁で、人を殺すことも、野菜を切ることも出来ます。そのどちらに、包丁を使うかは、その人の選択です。
同様に、原子力を、どう使うか・使わないかは、人の選択にゆだねられているのです。
以下、平和の絵本(www.j15.org)の
核兵器、原爆の廃絶の道を示す絵本「一輪の花」の頁より一部、引用します。;
「被爆国日本の役割」
「核廃絶は、日本国民の悲願である」「唯一の被爆国である日本こそが、原水爆を世界から根絶するために指導的な役割を果たしたい」
あなたは、こうした言葉に共感されるでしょうか?
敢えて語弊がある言い方をしますが、原爆・核兵器には、役割があります。役割がなければ、そもそも存在することはありません。それでは原爆の存在意義とは何か? なぜ人類は原爆を捨て去ることが出来ないのか?
―その役割を見極めれば、その弱点も見えて来るのです。
役割・原因を見極めることなく、つまりは存在理由から目をつぶり、ただ「原爆は悪だ!」「原水爆禁止!」とお題目のように唱えても、(無意味だとまでは言いませんが)現実の核廃絶へ結びつくとは思えません。
たとえ相手が原爆であっても、(どれほどの怒り・憎しみに身もだえしても、絶叫してでも)一切の善悪の判断を廃して原爆の役割を見極めれば、何をどうすれば原爆を無くすことが出来るのか、核廃絶への道が見えてきます。
そのために最も効果的な手段。―今の僕に見えている最高の手段こそが、平和の絵本の運動に他なりません。
和を地球へ達成するということは、全ての原爆、核兵器をゴミとすることでも有るのです。
―略―
さて、原爆に限らず、戦争、軍拡、テロ。人為的な全ての悲劇を防ぎ、解決するためには、正確な原因分析が必要です。原因分析には当事者へのより深い理解も含まれるでしょう。そして、誰が善で誰が悪かを決めることに夢中になれば、当事者への理解が出来なくなります。
実際、誰が悪いかを決めることと、原因を見極め・除去することは、似て非なるものです。しかしながら、この二つは往々にして同じものだと錯覚されています。その錯覚を打ち破るには、上記のとおり、歯を食いしばってでも目を見開く必要があるのです。繰り返しになりますが、それは時に、大変な気力を要求されることなのです。
実際、原水爆を捨て、軍拡を止め、恒久的な和を地球へ達成することは、善悪(その他若干の錯覚)を乗り越えさえすれば、決して難しいことでは無いでしょう。筆者は、核廃絶は、むしろ歴史の必然である、とすら感じています。
―略―
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世界平和への希望を捨てることなく、そして、原爆をゴミとするために、自分たちに出来る努力をしていきませんか?